前田実津
海景 sea/grains

2025年5月14日(水)〜6月3日(火)11:00〜20:00

【ARTISTSTATEMENT】

「サイアノタイプ」という古典写真技法を使い、青のグラデーションで海と空を模倣しています。
その海は晴れた朝の水面がキラキラ見える海かもしれないし、寒い雪降る日本海かもしれない。

海と空を構成するこれらの青の一枚一枚は、展示期間中不定期に位置を変えていきます。どの青も空の一部にも海の一部にもなり得る。

「自分自身を含めあらゆるものは素粒子で構成され、ゆらぎ続けている。目の前のコップは、私がコップと認識する状態に今あるにすぎず、状態も認識も変化し続けている。」

やがて自分も、目の前にあるコップも失われるけれど、その粒のひとつはやがて海の粒になって、眺める誰かの気持ちを穏やかにするかもしれない。

Imitation of the sea using the classic photographic method known as ‘cyanotype.’ The imitated sea could be the one reflecting sunshine on a sunny morning or the cold Japanese sea during snowfall.
These blues will change location during the exhibition, making each blue a part of the sea and the sky simultaneously.

Everything in this world, including me, is composed of elementary particles that keep fluctuating and changing states. The cup in front of me is just a state that I recognize as such, and both the state and the recognition keep changing.
Before long, both the cup and I will be lost, but one of the grains will become part of the sea, helping someone gazing at it feel at ease.

展覧会レビュー

壁一面に広がる青の断片。それは波打つように広がり、まるで部屋そのものが水平線となったかのような錯覚を生み出している。足元に零れ落ちた青い紙片は、潮が引いた後に残された貝殻のようでもあり、波の名残を感じさせる静けさを漂わせる。

前田実津は、「サイアノタイプ」という古典写真技法を用いて、青の濃淡だけで海と空を描き出した。しかしここに「写された」ものはない。ネガもフィルムも存在しないこの作品は、ただ太陽の光と化学反応によって生まれた「青」そのものの物質性を提示する。

壁に貼られた半透明の紙は、光を受ける角度によって表情を変え、波間に立つ風景のようにも、大気のゆらぎのようにも見えてくる。奥には、より深く染まった青の大きな布が静かに佇み、その手前には青い立方体が置かれている。まるで海の深層を凝縮したかのように、重みのある青が空間に静謐な緊張感をもたらす。

額装された作品は、一転して絵画的な趣を見せる。淡くにじむ青は遠く霞む水平線のようであり、見る者の記憶の中にある風景を静かに呼び覚ます。

この展示は、現代のようにモニター越しの平坦な光景に慣れきった視覚体験に対し、「見る」という行為そのものを問い直す場でもある。青という単色の中に広がる無限の風景。私たちが「海」や「空」と名付けているものが、いかに曖昧で、移ろいやすい存在であるかを、前田はそっと提示している。

展示室を後にする頃、ふと気づく。あの床に散らばった青い紙片のひとつは、確かに私の心のどこかに残されたままだと。